カートをみる マイページへログイン ご利用案内 お問い合せ サイトマップ
RSS

【在庫限り!】カラヤンの1977年普門館ライヴ分売! 協奏曲初LP化!!


カラヤンの1977年11月普門館ライヴ
〜 各350セット限定で分売! ピアノ協奏曲集は初LP化! 〜

 二年前にBOXで発売され、またたくまに完売となったカラヤンのFM東京収録のライヴによるベートーヴェン交響曲全集ですが、分売の要望が多く、今回LP初出のピアノ協奏曲も含み完全限定生産で発売いたします。
 BOX盤のメタル原盤はすでに破棄されておりますので、今回新たに、オリジナルアナログマスターを使用しリカッティングいたしました為、面割及び音質はBOX盤と異なります。
 今回のメタル原盤もプレス終了後破棄され、カラヤンのアナログディスクは今回で最終プレスとなる完全限定盤です。

(キングインターナショナル)


【このたび、キングから最終在庫が入荷いたしました。】

ベートーヴェン/交響曲第1番&第3番「英雄」
TFMCLP1029/30 2LP


1977年11月13日 ライヴ録音

ベートーヴェン/交響曲第2番&第8番
TFMCLP1031/32 2LP


1977年11月14日(第2番)、17日(第8番) ライヴ録音

ベートーヴェン/交響曲第6番「田園」&第5番「運命」
TFMCLP1033/34 2LP


1977年11月16日 ライヴ録音


ベートーヴェン/交響曲第4番&第7番
TFMCLP1035/36 2LP


1977年11月15日 ライヴ録音

ベートーヴェン/交響曲第9番「合唱付き」
TFMCLP1037/38 2LP


1977年11月18日 ライヴ録音

初LP化!
ベートーヴェン/ピアノ協奏曲第3番&第5番「皇帝」
TFMCLP1039/40 2LP


1977年11月14日(第3番)、17日(「皇帝」) ライヴ録音


【演 奏】
  ヘルベルト・フォン・カラヤン(指揮)
  ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

  アレクシス・ワイセンベルク(ピアノ/11月14、17日)
  バーバラ・ヘンドリックス(ソプラ/11月18日)
  ヘルイェ・アルゲルヴォ(アルト/11月18日)
  ヘルマン・ヴィンクラー(テノール/11月18日)
  ハンス・ゾーティン(バス/11月18日)
  プロ合唱団連合、東京藝術大学合唱団
  (田中信昭(合唱総指揮)/11月18日)

【録音場所日時と場所】
  1977年11月13〜18日/東京・普門館

【録音方式】
  ステレオ(ライヴ)

【仕様】
  180g重量盤

【価格】
  各14,688円(税込)



ブラウザの設定確認について


ブラウザの設定方法について
(TLSの設定確認)


  現在、Windows XP または Vista にて「インターネットエクスプローラ」をお使いの一部のパソコンから、お買い物が出来にくい状況となっております。その場合には、下記の通り「TLS」の設定をご確認ください。

◎TLSの設定方法 について(Internet Explorer 6の場合)◎

(1) ブラウザの「ツール」メニューから「インターネット オプション」を開いてください。



(2) 「詳細設定」タブの 「セキュリティ」 で [TLS 1.0を使用する] にチェックし、 [OK] をクリックしてください。




◎TLSの設定方法 について(Internet Explorer 7の場合)◎

(1) ブラウザの「ツール」メニューから「インターネット オプション」を開いてください。



(2) 「詳細設定」タブの 「セキュリティ」 で [TLS 1.0を使用する] にチェックし、 [OK] をクリックしてください。





◎TLSの設定方法 について(Internet Explorer 8の場合)◎

(1) ブラウザの「ツール」メニューから「インターネット オプション」を開いてください。



(2) 「詳細設定」タブの 「セキュリティ」 で [TLS 1.0を使用する]、[TLS 1.1の使用]、[TLS 1.2の使用] にチェックし、 [OK] をクリックしてください。





◎TLSの設定方法 について(Internet Explorer 9の場合)◎

(1) ブラウザの「ツール」メニューから「インターネット オプション」を開いてください。



(2) 「詳細設定」タブの 「セキュリティ」 で [TLS 1.0を使用する]、[TLS 1.1の使用]、[TLS 1.2の使用] にチェックし、 [OK] をクリックしてください。





特集オットー・クレンペラー

オットー・クレンペラー レコード・ライブラリー
オットー・クレンペラー

 戦中・戦後と不遇を極めていた指揮者のオットー・クレンペラー(1885-1973)が、ロンドンのフィルハーモニア管弦楽団を初めて指揮したのは1951年のことでした。
 翌年、EMIとレコード契約を交わし、1954年からスタジオ録音が開始されました。このとき、クレンペラーは69歳。契約を実現させたのはEMIのプロデューサー、ウォルター・レッグでしたが、レッグは当初、クレンペラーではなく、ヤッシャ・ホーレンシュタインをフィルハーモニア管に招きたいと考えていたそうです。
 クレンペラーとフィルハーモニア管の録音は、1954年10月、モーツァルトの交響曲第41番「ジュピター」からスタートしました。最後のスタジオ録音は1971年9月で、奇しくも再びモーツァルトが演奏されました。曲はセレナードの第11番です。クレンペラーとフィルハーモニア管の録音は、モーツァルトに始まり、モーツァルトで終わったのです。
 クレンペラーのレパートリーは、独墺系の主要作曲家をほぼ網羅しています。J.S.バッハ、ヘンデル、ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェン、シューベルト、メンデルスゾーン、シューマン、ワーグナー、ブルックナー、ブラームス、マーラー、R.シュトラウス。そこに、ベルリオーズ、フランク、チャイコフスキー、ドヴォルザークといった周辺国の作曲家の交響曲が加わります。
 こうした作品をクレンペラーは“不変の哲理”でもって指揮しました。“押し切った”と言ってもいいでしょう。それらは総じて「遅く、重く、暗い」演奏ですが、子細に聴くと、楽曲の構造・骨格が明確に浮かび上がり、全ての音にアクセスできる、そんな演奏でした。特に、スピーカーのセンターに現れる木管楽器群の鮮明さは、ちょっと異様なくらいです。
 以下では、クレンペラー自身の主要レパートリーに関する「発言」を引用しながら(必要に応じて、筆者の私見も交えつつ)、「ドイツの偉大で豊かな伝統の最後の相続人」(ブーレーズ)の遺産を俯瞰したいと思います。

●J.S.バッハ
 クレンペラーにとってJ.S.バッハは、際立って重要な作曲家でした。それは残された発言からもうかがい知ることができます。
「バッハの作品は、何世代もの間演奏されませんでしたが、再評価されてからは、既存の全ての作曲家たちの作品が彼の偉大さゆえに埋もれてしまいました。この地球が滅びるまで、バッハは音楽の財産であり続けるでしょう」
 クレンペラーのバッハ演奏のなかでも傑出した評価を得ているのが《ロ短調ミサ曲》です。
「私にとってバッハの《ロ短調ミサ曲》は、これまで書かれた中で最も偉大で比類のない音楽である」
 クレンペラーは「自分の録音を聴くのは好きではない」と言います。しかし――
「ただひとつだけ例外があって《ロ短調ミサ曲》のキリエはくりかえし聴いています。この曲は大好きなので、自分の録音を聴くのでも楽しんでいます」(ピーター・ヘイワース編『クレンペラーとの対話』)
 恣意的な解釈・演奏を嫌うクレンペラーの姿勢は、バッハにも透徹されています。
「バッハはどう解釈されるべきか尋ねられたとすれば、こう応えるだろう。『できるかぎり単純に』と。簡素な解釈こそ常に最上のものだ」
・管弦楽組曲(全曲) ※1954年(モノラル)録音と1969年(ステレオ)録音あり
・ブランデンブルク協奏曲(全曲)
・ミサ曲 ロ短調
・マタイ受難曲

●ヘンデル
 クレンペラーがレコーディングしたヘンデルと言えば、何はさておき《メサイア》です。これは例によってスケールの大きな演奏であり、今もって同曲を録音する指揮者に対し巨大な壁となっています。
・オラトリオ《メサイア》

●ハイドン
 1960年代を中心に、クレンペラーはハイドンの後期交響曲を断続的に録音しており、それらはいずれも恰幅のいい名演となっています。
・交響曲第88、92、95、98、100、101、102、104番

●モーツァルト
 クレンペラーは、自身のパーソナリティとは裏腹に、モーツァルトの音楽を愛していました。彼の発言を拾っていくと、モーツァルトに向けられた眼差しは、非常に深いものであることが分かります。
「モーツァルトのテーマにはしばしば死や暗闇が取り上げられている。彼は単なる快活な天才ではなく、それ以上のものなのだ」
「彼は三十六歳という若さで死んだ。その短い生涯において、安らぐ時間はほとんどなかったと言えよう。彼の開いた演奏会は、フランスでもドイツでも経済的にはほとんど成功せず、常に貧乏であった。綺麗な衣服を欲しがったが、金がない。彼はコンスタンツェ・ヴェーバーを愛し妻としたが、彼女は一緒に暮らす夫の真の価値を理解していなかった。モーツァルトは貧困のうちに死んだのだ」

 クレンペラーはモーツァルトの“四大オペラ”を全て録音しました。それらは非常にテンポの遅い、極めて個性的な演奏であり、収録から半世紀近くが経った今でも、異端視する向きと熱烈な支持とが伯仲する“問題作”です。
「(ある劇場での歌劇《コシ・ファン・トゥッテ》の初演に際し)なぜこの作品はこんなに美しいところを持っているのに、ここでは今まで聴くことがなかったのか、と。その原因はこの作品が持つ途方もない難しさである。この作品はその純化され洗練された精神性によって、モーツァルトの創作の中でも全く特別の地位を占めているのだ」
「モーツァルトの《魔笛》は想像を絶するほど壮大な作品である」「《魔笛》の録音は劇中の台詞を含めないのが正しいと確信しています。不滅の音楽がこの作品に意味を与えているのであって、レコードでは台詞は余計なものになります」
「《ドン・ジョヴァンニ》はオペラの中のオペラである。これはモーツァルトのオペラのみならず、彼の全作品中の頂点である」

・交響曲第25、29、31、33、34、35、36、38、39、40、41番
・セレナード第6、11、12、13番
・ピアノ協奏曲第25番 ※ピアノ:ダニエル・バレンボイム
・ホルン協奏曲(全曲) ※ホルン:アラン・シヴィル
・歌劇《フィガロの結婚》
・歌劇《ドン・ジョヴァンニ》
・歌劇《コシ・ファン・トゥッテ》
・歌劇《魔笛》

●ベートーヴェン
 クレンペラーのベートーヴェンに対する揺るぎない敬意は、彼のレコードとして見事に結実しました。今日、数多の交響曲全集を見ても、フィルハーモニア管の合奏力、ナチュラルなEMI録音、そして何よりも骨太で微動だにしない解釈・指揮という点において、クレンペラーのベートーヴェン全集に比肩するものはない、というのが筆者の考えです。
 ベートーヴェンの没後100年にあたる1927年、クレンペラーは彼らしい発言を残しています。
「ベートーヴェンについては何を言うことがありましょう。彼は天才です。(中略)もしあなたが、ベートーヴェンの没後百年に何をすればいちばんよいかと尋ねたら、こう答えるでしょう。彼の音楽を一年間演奏しないことだ、と」
 《第九》《ミサ・ソレムニス》といった声楽を含む大曲や歌劇《フィデリオ》は、クレンペラーの独壇場といっても過言ではないでしょう。
「何が言えるというのです。《第九》について話すなんて畏れ多いことでしょう。曲を聴かなければなりません。ベートーヴェンは、自分が言うべきことを全て音楽の中に込めています」
「《フィデリオ》は、ベートーヴェンが生んだ唯一のオペラであるだけでなく比類のないオペラである。モーツァルトの《後宮からの誘拐》と《魔笛》の後に続くべきものである」

・交響曲(全曲)
・ピアノ協奏曲(全曲)
・ヴァイオリン協奏曲 ※ヴァイオリン:ユーディ・メニューイン
・ミサ・ソレムニス
・歌劇《フィデリオ》

クレンペラーレコード

●シューベルト
 シューベルトでは、網羅的な録音は行なわれませんでした。しかし、《未完成》などは、晩年、ウィーン・フィルやバイエルン放響とも演奏しており、愛着のある曲だったと思われます。
・交響曲第5、8、9番

●メンデルスゾーン
 クレンペラーの《スコットランド》や《真夏の夜の夢》が、古今東西を通じて、同曲の屈指の名演であることは、衆目の一致するところでしょう。クレンペラーはメンデルスゾーンを十八番にしていました。
・交響曲第3、4番 ※交響曲第3番《スコットランド》は入手難
・劇音楽《真夏の夜の夢》 ※入手難

●シューマン
 シューマンは、1960年の交響曲第4番とピアノ協奏曲を皮切りに、《春》、第2番、《ライン》の順で収録されました。なかでも交響曲第4番は、クレンペラーには珍しく早めのテンポを採用し、推進力に富んだ力演に仕上がっています。
・交響曲(全曲)
・ピアノ協奏曲 ※ピアノ:アニー・フィッシャー。入手難

●ワーグナー
 「クレンペラーが指揮するワーグナーをもっと聴きたかった」というのは、ワグネリアンの叶わぬ願いです。いやむしろ、《オランダ人》と《ワルキューレ》第1幕といった超弩級のレコードが残されたことを幸甚とするべきなのかもしれません。なお、《オランダ人》においてクレンペラーは、最後に出てくる「救済のモティーフ」をカットした「ドレスデン版」を採用しています。
「ワーグナーの力強い音楽的天才を否定するのは笑うべきスノビズムです。彼がオペラを変革するために用いた台本は、今日の私たちにはあまりに誇張したものに思われますし、長すぎるそのオペラをカットなしに我慢するのは容易なことではありません。それでも音楽家ワーグナーは天才であり、その意義はなんら揺らぐことはありません」
・歌劇《さまよえるオランダ人》(全曲)
・楽劇《ワルキューレ》第1幕
・ワーグナー管弦楽曲集(ジークフリート牧歌、ほか)

●ブルックナー
 クレンペラーの遺産のなかで“名と実”が一致していないのがブルックナーではないでしょうか。冷静に考えて、インテンポな演奏を先天的に要求するブルックナーのシンフォニーに、クレンペラーのスタイルが合わないはずはないのです。特に第5、6、7番などで聴かれる峻厳な響きは、チェリビダッケやヴァントを愛聴している方にも、ぜひ聴いていただきたいです。なお、クレンペラーが第8番に施した冷徹な処置に関しては、下記のコメントを参照してください。
「ブルックナーの第八交響曲の終楽章ではカットを行った。作曲者はここで音楽のアイデアを盛り込み過ぎたように思えたからだ」
・交響曲第4、5、6、7、8、9番 ※交響曲5、7番は入手難

●ブラームス
 ブラームスのシンフォニーの録音は、クレンペラーとフィルハーモニア管がかなり早い時期に取り組んだため(1956、57年)、一つの幸運に恵まれました(ある意味、「不幸」と言うべきかもしれませんが……)。それは、ホルンのトップをあのデニス・ブレイン(1921-57)が吹いているということです。この点だけをとっても、一連の演奏は敬聴に値すると言えましょう。
・交響曲(全曲)
・ヴァイオリン協奏曲 ※ヴァイオリン:ダヴィット・オイストラフ、管弦楽:フランス国立放送管弦楽団。入手難
・アルト・ラプソディ
・ドイツ・レクイエム

●マーラー
 クレンペラーは、マーラーの愛弟子でした。マーラーから多くのことを学び、マーラー音楽の“布教”にも従事しました。
「彼の音楽は存続するだろうか。誰もその答えはわからない。だが、私は第二、第九交響曲と歌曲は残るのではないかと思う」
「(今後もマーラーの音楽を)あらゆる機会をとらえて演奏していきます」

 こうして残されたレコードがどれも各曲のファースト・チョイスであることは言を俟たないでしょう。
「(《復活》について)この曲はマーラーの交響曲の中でも最も葬儀に相応しいものです」
「《大地の歌》の終楽章は〈告別〉と名づけられていますが、それは彼自身の生への告別であり、内容はとても衝撃的なものです。最後には次のような言葉が響きます――『私は行って山の中を彷徨う。孤独を慰めるために』」
「(交響曲第9番について)これはマーラーが完成した最後の交響曲である。私はこの曲を彼の究極の、また最も偉大な業績であると思う」

 ただ、1枚だけ注意を要するレコードがあります。交響曲第7番です。
「(交響曲第7番について)私には今でもなお、最初と最後の部分は非常に問題があると思われるのだが、三つの中間楽章はその簡潔さによって魅力的なものになっている」
 (以下は、完全な「私見」としてお聞きいただきたいのですが……)同曲を“音楽的に”愛する人は、クレンペラーのレコードを聴くべきでないかもしれません。なぜなら、あまりに独自過ぎて、完全に楽曲のオリジナリティを超越(破壊?)しているからです。特に、クレンペラー自身、「非常に問題がある」と言っている両端の楽章においてその傾向が著しく、最終楽章に至っては、冒頭の「ダンダダダンダン」というティンパニのリズムからして、「異常」としか感じられないのではないでしょうか。しかし、そうであるがゆえに(全く逆説的な言い方ですが……)この演奏こそは、クレンペラーという長大な峰々のなかでも突出した高峰であり、これを抜きにクレンペラーを語ることはできない、と確信するのです。
・交響曲第2、4、7、9番、《大地の歌》 ※交響曲第7番は入手難

●R.シュトラウス
 マーラーに師事していた(そしてユダヤ人であった)クレンペラーにとって、人間R.シュトラウスは純粋なシンパシーを抱き得る人物ではなかったのかもしれません。しかし残された演奏は、クレンペラーの哲理が貫かれた秀演ばかりです。
「一九三二年頃、彼をガルミッシュに訪れたことがある。次のシーズンに《英雄の生涯》と《ばらの騎士》を指揮しなければならなかったので、いくつか難しい箇所について助言を求めるためであった。しかし彼はそれにはほとんど答えず、自分が指揮する時も、そこがうまく行けば嬉しいと言っただけだった」
・交響詩《死と変容》 ※入手難
・交響詩《ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら》
・交響詩《ドン・ファン》
・交響詩《メタモルフォーゼン》 ※入手難

●ベルリオーズ
 これは類を見ない《幻想》です。「唯我独尊」と言ってもいいでしょう。ミュンシュなどに代表される直情的な演奏の対極に位置しています。特に、スローモーション(「ストップモーション」と言うべきか?)を見るかのような「断頭台への行進」、それに続く「ワルプルギスの夜の夢」では、ただただ感嘆するしかない“音の絵巻”が繰り広げられます。
・幻想交響曲 ※入手難

●フランク
 「重厚」とはクレンペラーのためにある形容ですが、この「遅く、重く、暗い」フランクは、まさにクレンペラーの真骨頂と言えるでしょう。
・交響曲 ニ短調

●チャイコフスキー
 チャイコフスキーについては、賛否両論あるはずです。チャイコフスキーをチャイコフスキーたらしめている“センチメンタリズム”が、クレンペラーの芸風とは「水と油」のように感じられるからです。しかし、下記の発言からも分かるように、クレンペラーは確固たる信念をもってチャイコフスキーを指揮しており、どのレコードも一聴の価値があることに変わりはありません。
「私がチャイコフスキーを演奏するのは、それが良い音楽だからです。しかし、チャイコフスキーは指揮者のやりたい放題の犠牲になってきました。(中略)悪趣味は彼の音楽の中ではなく、それを演奏する人間の中にあるのです」
・交響曲第4、5、6番 ※入手難

●ドヴォルザーク
 ここでもまた独自の世界が構築されています。クレンペラーにとって「新天地アメリカ」など、どうでもよかったのかもしれません。異国情緒いっさいなし!  見渡す限り、高度に抽象化された交響世界が広がるばかりです。
・交響曲第9番 ※入手難

※クレンペラーの発言は、注記のない限り『クレンペラー 指揮者の本懐』(シュテファン・シュトンポア編)によります。

 以上、クレンペラーの主要なレコードを見てきましたが、「たった1枚、レコードを選ぶ」としたら、筆者は躊躇なく「マーラーの第7交響曲」を手に取るでしょう。物を書くとき「空前絶後」という言葉は一種の“禁句”ですが、この演奏に関しては「空前絶後」と評するしかありません。まさに「怪演」です。

 ベーレンプラッテのWebショッピングサイトでは、オットー・クレンペラーの「特集ページ」を設けています。皆さんも、ぜひ、クレンペラーの名盤の数々をご試聴いただけましたら幸いです。
(ベーレンプラッテ 藤田)

グラシン紙内袋

レコード店店主の考えた、「究極の内袋」

  皆さんのレコード棚には、「久しく聴いていないレコード」が眠っていませんか? 
高温・多湿の状態で保管している場合は、非常に危険です。
 何が危険なのか?

レコードの「ビニ焼け」です。
 レコードをジャケットの内袋から引き出すと、盤の表面に半透明(白色)のマダラ模様ができていて、針を落とすと「ボソボソ」というノイズが出る! これが「ビニ焼け」(ビニール焼けという現象で、こうなってしまったレコードは、いくらクリーニングしても絶対に元には戻りません。いったい、何が起こったのでしょうか?

 原因は、レコードが入っている「内袋」にあります。昔の内袋には、(アンチブロッキング剤など)様々な添加剤が配合されたものがありました。そうすることで、静電気を抑えたり、摩擦を少なくしてスベリを良くしたり、レコードと内袋との密着を防ぐことができました。身近な例を挙げますと、一部の「ポリ袋」にも添加剤が配合されており、口が開きやすくなっています。ただ、レコードに関しては悪影響のほうが大きいと考えられ、添加剤が配合された内袋にレコードを数年間入れたまま(空気に触れない状態)にしておくと、添加剤が浮き出てきて盤面に固着してしまいます。レコードコレクターの“天敵”「ビニ焼け」は、こうして発生するのです。


(ポリエチレン製の袋に入ったレコード)

(赤く囲った部分がビニ焼け)

 では、「ビニ焼け」を防ぐ方法はあるのか? あります。内袋を新品のものと交換するのです。
 理想的な内袋としては、グラシン紙を使った内袋をお勧めします。グラシン紙は、トレーシングペーパー、ケーキの底紙、薬包紙、書籍のカバー、タバコの内包装などに使用されている高級紙で、表面が滑らかで光沢があり、静電気が発生しにくく、高い防湿性・防カビ性を備えています。こうした特長から、レコードの内袋にはグラシン紙が最適である、と言われています。

 そこで、ベーレンプラッテの店主は、リーズナブルな価格の内袋の開発を始めました。いままであったグラシン紙の内袋は、あまりコストパフォーマンスに優れなかったからです。
 というのは、紙製の内袋はほとんど手作りだったのです。この内袋も、ほとんどの工程は手作業ですが、数回の試作で工程を徹底的にシンプルにしたため、価格を従来品よりも、20パーセントほどダウンすることができました。
 また、ルックスも高級感があり、購入された方からも、「内袋を交換したら、30年以上前のレコードが立派になった気がする!」ご好評をいただいております。


(ベーレンプラッテのオリジナル「グラシン紙製」レコード内袋)

(大切なレコードの保存に適しています)

(高級感のある内袋)

(レーベル部分も見やすいよう、工夫されています)

大切なレコードをいつまでも、という
店主のポリシーから生まれた
究極のレコードアクセサリーです!



<BPオリジナル グラシン紙内袋>

BPG-50(50枚セット)     価格: 8,640円(税込)
BPG-100(100枚セット)  価格:16,200円(税込)





季刊「アナログ」誌44号で、当店オリジナル「グラシン紙内袋」が紹介されました。


店主のブログ「LP日記」にて、
「BPオリジナル グラシン紙内袋製造工場見学」公開中!
こちらも是非、ご覧ください!


店主は語る


ベーレンプラッテのレコードはココが違う!
〜最高の品質をお届けする“仕入れ、洗浄、発送”〜


 ベーレンプラッテでは、現時点で考え得る最高品質のレコードを、1枚1枚、手間と愛情をかけて送り出している。ここではその“こだわり”の一端を紹介したい。


厳選・吟味したレコード

Q レコードの入手方法は?
店主 ベーレンプラッテの全てのレコードは、店主やスタッフがヨーロッパに直接買い付けに行って仕入れてきます。購入時は、現地のレコードショップやコレクターにレコードを1枚1枚見せてもらいながら、盤質やジャケットの状態をチェックして、ミントからニアミント・コンディションのレコードを厳選していますので、「ひと山、いくら」といった買い方はしていません。新しく制作された新品レコードを除いて、日本国内で流通しているレコードや、かつての国内盤は取り扱っていません。



(ヨーロッパでのLP買付風景)


(ヨーロッパから届いたレコードが入った箱)


Q 米盤の取り扱いは?
店主 米盤にも魅力的なレコードはたくさんありますが、基本的には取り扱っていません。なぜかと言いますと、ヨーロッパとアメリカでは、レコードの取り扱いに対する意識が異なっているからです。アメリカの人は、そもそもレコードを“コレクションの対象”とは考えていなかったようで、音楽評論家の黒田恭一氏がどこかで書いていたのですが、黒田氏が米盤の新品レコードを開封したら、レコード盤にタバコの灰が付いていた(!?)なんてこともあったようです。一方、ヨーロッパにはモノを大切にする文化が根付いていますので、レコードの取り扱いや、レコードの作りそのものがとても丁寧だと思います。

Q ヨーロッパのレコードが「単行本」だとしたら、アメリカ製は「雑誌」みたいな感覚でしょうか?
店主 そんな感じですね。もちろん、米盤で聴くことのできる演奏には大変優れたものがありますし、優秀録音もたくさんありますが、ベーレンプラッテにはコンディションの良いレコードを求めるお客様が多いので、今のところ米盤の取り扱いは限られています。

Q ヨーロッパのレコードを取り扱うようになった、そもそもの理由は?
店主 私がベーレンプラッテを始める以前、コレクターだった頃は、ヨーロッパから直輸入されたレコードを主に聴いていました。その後、これもレコードショップを始める前のことですが、ヨーロッパに行った時に買って持ち帰ったレコードと、日本で購入した直輸入盤のレコードとを聴き比べると、「音質が若干違うのではないか?」と感じるようになりました。
 その原因を推測しますと、レコード会社がヨーロッパ市場向けに製造するレコードと、ヨーロッパ以外の地域(日本やアメリカ)に輸出するレコードとでは、「レコード盤の材質を少し変えているのではないか」という話を耳にしたことがあり、個人的にも「あり得ることだ」と考えています。
 一例を挙げますと、Deccaのレコードは、かつて日本やアメリカではLondonというレーベル名で販売されていましたが、当時から「イギリスで同じスタンパーを使ってプレスされているのに音が違う」と言われていました。実際、比較してみると、音の立ち上がりですとか、明瞭度の点で差を感じます。グラモフォンのレコードも、ヨーロッパ向けのレコードと直輸入盤とでは、わずかですが音が違っていると思います。こうしたことが起こる要因は、レコード盤の材料の違いではないか、ということです。
 では、なぜ材料を変えていたのか? これも推測になりますが、昔はレコードを輸出する際に“船便”を利用していました。そうなると、夏に輸送する場合や、暑い航路を通ったりする際、“熱”に対する配慮が不可欠になります。つまり「品質管理」の面から、製造段階で材料の混合比を変えていたのではないか、ということです。


(DECCAとLondon)


(「import」シールの貼られたDGGのレコード)


なぜ、レコードを洗浄するのか

Q レコードは全て洗浄しているそうですが、その理由は?
店主 主な理由が2つあります。1つは、レコードは製造されてから短くて約30年、長いものでは半世紀以上経っています。よって、レコードの溝には微細なゴミやチリが詰まっていたり、時にはカビが生えていることもありますので、それらを落とすためにクリーニングを行なっています。不純物を取り除くことで、再生時のノイズを減らすことができるのです。
 もう1つの理由は、クリーニングすることによって「音質を向上させる効果」があります。レコードを洗浄すると、洗浄前と後で確実に音が変わります。具体的には、音の明瞭度が上がって、鮮明になります。それから、表現がむずかしいのですが、「音楽の“抑揚”がわかりやすくなる」という印象を受けます。ただ、これは非常に感覚的な話ですし、スペアナなどで測定しても変化は確認できないかもしれません。
 こうした改善効果は、不純物を取り除くことでノイズが減るのとは、全く別のものです。以前、個人的に実験したことがあるのですが、新品のレコードや未開封盤を試聴したあと、すぐにクリーニングを行なって再試聴してみたら、やはりその時も音質が改善されました。
 なぜ、そんな不思議なことが起こるのでしょうか? 原因を推測しますと、レコードには例えば、製造時にスタンパーからレコード盤を剥がしやすくするための「剥離剤」に類するものや、静電気などを抑える薬品などが塗られている可能性があります。クリーニングにより音質が向上する要因は、盤上に“ヴェール”にように付着しているものが、洗い流されるためではないでしょうか。
 かなり昔になりますが、オーディオ評論家の江川三郎氏の記事を読んだことがありまして、江川氏が新品のレコードを雑巾(!?)でゴシゴシ拭いていると、“抵抗感”がふと消える瞬間がある(=付着していたものが落ちる)、という話が載っていました。
 ちなみに、レコードを洗浄し終えたあとの「洗浄液」を観察すると、小さなゴミが混じった“沈殿物”のほかに、洗浄液全体が薄く白く濁っています。これはつまり、レコードの表面に付着していた何らかの物質が溶解して、洗浄液が白濁している、と考えられます。

Q どのような方法で洗浄するのですか?
店主 新品・未開封品を除く全てのレコードは、出荷前にキースモンクス社のクリーニングマンシンで洗浄します。この機械は、主に放送局で使用されていたものです。放送局で、どうしてクリーニングマンシンが必須なのかと言いますと、放送局には膨大なレコードが何十年にもわたって保管されています。そうしたレコードを洗浄するのが、クリーニングマンシンの役割です。あと、放送局には(テープ以外の)ガラスや金属盤に記録されたアーカイブが残されています。そうした貴重な「盤」を良い状態で保管するために、クリーニングマシンが開発されたということです。
 洗浄のメカニズムは、最初に盤面に洗浄液をかけ、非常に繊細なブラシでレコードの溝に溜まった不純物を掻き出します。そして、洗浄液が乾く前に、素速く不純物が含まれた洗浄液をバキューム(吸引)します。

Q 八百屋で買った野菜を食べる前に洗うのと同じように、レコードも聴く前に洗った方がいいのですね(笑)。
店主 はい。そうされることをお薦めします。


(キースモンクス社のクリーニングマンシン)

(盤面に洗浄液をかける)

(目の細かいブラシで溝に溜まった不純物を丁寧に掻き出す)

(即座に不純物が含まれた洗浄液をバキュームする)
(クリーナー後の白濁した洗浄液)


内袋も新品に

Q 洗浄後は、レコードを入れる内袋も交換されるそうですね。
店主 はい。洗浄が終わったら、新品の内袋に取り換えます(もともとレコードが入っていた内袋も捨てたりはしないで、同梱してお客様にお送りしています)。
 内袋を交換する理由は、古い内袋にはゴミやホコリが付着していますので、それらを除くためです。もう1つは、レコード用に使用されていた半透明のポリエチレン製の内袋には、レコードを重ねた時に“密着”を防ぐ目的で「アンチブロッキング剤」が配合されています。そして、長期間、内袋からレコードを出さないまま(空気に触れない状態)にしておくと、このアンチブロッキング剤が内袋の表面に浮いてくる「ブリード現象」が発生します。この表面に出てきたアンチブロッキング剤がレコード盤に固着してしまうのが、あの「ビニ焼け」という現象なのです。内袋を交換することで、ビニ焼けを防ぐことができます。


(「新品」の内袋)

(「ポリエチレン製」の内袋)

(レコードのビニ焼け〜赤く囲った部分〜)

Q 洗浄によるデメリット、リスクはないでしょうか?
店主 基本的にはありません。ただ、レコードを洗浄すると、ゴミやチリが浮いてきて、それらをバキュームすればいいのですが、ごくまれに、溝の中に“粒状”に挟まった状態で不純物が残ってしまうことがあります。もちろん、確率的には大変低く、200〜300枚に1枚くらいです。
 この状態でレコードをかけると、バチッという大きなノイズが発生して、針が飛んだり、そこから先に針が進まなくなったりします。もし、盤面にいわゆる“傷”が付いているなら、その付近に来るたびにパチパチという周期的なノイズが聞こえるか、斜めに溝をまたぐような深い傷が入っています。一方、洗浄後にも残ってしまった不純物により突発的なノイズが発生する時は、盤面を子細に観察すると、小さな点のような突起が見えるはずです。こうした不純物は“十中八九”除去できますので、無理に取り除こうとしないで、レコードを返送していただければ、当店で責任を持って除去・再洗浄します。



輸送時の事故を防ぐオリジナル段ボール

Q レコードを梱包・発送する「段ボール」も工夫されているということですが、どのような段ボールを使っているのですか?
店主 ベーレンプラッテでは、段ボール業者と協同で開発したオリジナル段ボールにレコードを梱包して出荷しています。この段ボールの四隅には衝撃を吸収するための“ツバ”が付いていますので、万が一、運送時に落下事故などが発生しても中のレコードが破損することはありません。
 また、宅配業者は、お客様から特にご指定のない限り、ヤマト運輸を使っています(もちろん、他の宅配業者も指定可能です)。

 




(ツバ付段ボール)


(聞き手:藤井 洋)


“長岡鉄男は永久に不滅です”

『長岡鉄男の外盤A級セレクション』小考



 オーディオ評論家の長岡鉄男(1926-2000)氏が亡くなられて、早いもので13年が過ぎましたが、死後もその人気は衰えず、この夏には『長岡鉄男の外盤A級セレクション1』(共同通信社)が復刊されました。
 今回は、『外盤A級セレクション1』と同著で紹介されているレコードについて、ご案内したいと思います。

 長岡氏は、『外盤A級セレクション1』の巻頭で自身が注目している5つのレーベルを挙げ、その特徴を簡単に解説しています。5つのレーベルとは、「Astree」(フランス)、「BIS」(スウェーデン)、「Everest」(アメリカ)、「Harmonia Mundi」(フランス/ドイツ)、「Nonesuch」(アメリカ)です。
 各レーベルの録音の特徴を述べた部分を引用してみましょう。

●Astree 「深み、厚み、艶が抜群、力感もあり特にアブラっこさはナンバーワン」
●BIS 「録音もA級、超A級目白押し」「録音はマイク2〜6本が標準で、(ジャケットのデザイン同様に)音色的にも仏Harmonia Mundiと似ている」
●Everest 「録音はまさに玉石混淆で、概して石が多いが、時々ルビーやダイヤが見つかる」
●Harmonia Mundi 「独Harmonia Mundi」は「音質としてはハードでシャープでクール、ハイ上がりのものが多い。一方、「仏Harmonia Mundi」は「厚み、豊かさ、艶が特長、概して少数マイクによる音場録音が多く、雰囲気がよく再現される」「切れ込み、エネルギー感が凄いというのも特長で、A級、超A級の優秀録音目白押しだ」
●Nonesuch 「古楽と現代音楽の中にはA級、超A級の優秀録音盤が多く(……)」

※「仏Harmonia Mundi」と「独Harmonia Mundi」に関しては、「まったく別のレーベルと考えたほうがよい」と付言しており、推薦盤の数やコメントから察するに、長岡氏は「仏Harmonia Mundi」により強い愛着を感じていたようです。

Astreeがナンバーワン!
 さて、ここで『外盤A級セレクション』の1〜3巻で紹介された300枚のレコードを、数字の面から見てみたいと思います。長岡氏が取り上げた300枚のなかで、もっとも推薦盤が多かったレーベルはどこでしょうか? 答えは「Astree」で、実に21枚に及びます。次に「仏Harmonia Mundi」と「Nonesuch」が同数で並び、17枚。第4位が、現代音楽を専門とするドイツのレーベル「Wergo」で15枚。そして第5位は「Erato」(フランス)と「Philips」(オランダ)が同数の12枚となっています。
 また、300枚のなかで10枚以上がセレクトされたレーベルは上記の6社に限られ、長岡氏が注目レーベルに挙げた「BIS」や「Everest」、メジャーレーベルである「EMI」(イギリス)、「Decca」(イギリス)、「Grammophon」(ドイツ)、そして優秀録音を売り物にしている「Telarc」(アメリカ)や「ECM」(ドイツ)などは、残念ながら10枚以下にとどまっています。
 仮に「Astree」「仏Harmonia Mundi」「Nonesuch」「Wergo」「Erato」「Philips」を、長岡氏の「6大レーベル」とすると、Philipsを除く5つのレーベルは、古楽もしくは現代音楽を守備範囲とする(『外盤A級セレクション1』が発刊された当時としては……)マイナー・レーベルと言えるでしょう。実際、氏は「外盤で一番面白いのはマイナー・レーベルだ」と公言しており、その理由として「マイク2本にデッキ1台というのが多い。実はこれが最大の魅力」と語っています。さらに「マイナーな曲をマイナーなアーティストが演奏したレコードで、録音が悪かったらだれひとり買おうとしない。だから録音には気を使う」と看破するあたりは、「さすが長鉄! 明快だ」と思わず膝を打ちたくなります。

まだまだある!?
A級、超A級の優秀録音盤

 ここで、一つ留意しておきたいのは、長岡氏は「演奏や音楽の好みではなく、あくまでも“録音”の良し悪しでレコードを選んでいる」といったことを再三述べているのですが、実際にはそうとも言えないのではないか……と思われる点です。
 例えば、推薦枚数トップの「Astree」には、ピアニストのパウル・バドゥラ=スコダのレコードが数多くあります。スコダは、ご存じの方も多いでしょうが、フリードリヒ・グルダ、イェルク・デームスとともに「ウィーン三羽烏」の一人として活躍した名手で、演奏も大変素晴らしいものばかりです。長岡氏がこうしたレコードを選んで聴いているところを見ると、実は、氏は「演奏の良し悪しを判断できる、優れた審美眼を持っていたのではないか?」とも思えてくるのですが、皆さんは、どのようにお感じでしょうか?

 過日、ベーレンプラッテの店主と話しているとき、店主がとても興味深い指摘をしました。長岡氏は『外盤A級セレクション1』で、盲目の鍵盤楽器奏者、ヘルムート・ヴァルヒャの「J.S.バッハ/平均律クラヴィーア曲集」のレコードを紹介しているのですが、その文中で「頭の中で音楽が鳴っていて、それを追いかけて指が動いているという印象を受けた」と書いています。この箇所を読んだ店主は「長岡氏は、ヴァルヒャは盲目であったことを知っていたのだろうか? 知っていたならそう書くだろうが、その記述はない。もし知らないで書いていたとしたら、長岡氏の耳あるいは感性は、大変なものではないか」と言うのです。
 長岡氏に直接、真相を確かめることができない今、我々自身が推察するしかありませんが、少なくとも、「長岡氏が残した発言、そして彼が推薦したレコードには、まだまだ組めども尽きぬ鉱脈が隠されている」と言えるのではないでしょうか。
 ちなみに「Astree」には、『外盤A級セレクション』に掲載された以外にもスコダのレコードがたくさんありますが、それらのレコードが氏の推薦盤と比べて「極端に音質が劣る」とは考えにくく、『外盤A級セレクション』の“周囲”には「隠れたA級、超A級の優秀録音盤」が眠っている、そんなことも言えそうな気がします。この点に関しては、長岡氏も「外盤選びは、いくらがんばったところでひとり人間のやることだから限界がある。おそらく筆者が見落としている名盤、珍盤が数多くあるのではないか」と謙虚に述べています。
 今後、『外盤A級セレクション』に比肩する優秀録音盤を発掘していく作業は、我々に託された課題なのかもしれません。そして末永く、すばらしいレコードとの出会いを心待ちにしながら、ミュージックライフを楽しんでいきたいものです。
 ベーレンプラッテのWebショッピングサイトでは、『外盤A級セレクション』で紹介されたレコードの「特集ページ」を設けています。
 皆さんも、ぜひ、優秀録音の宝庫「長鉄セレクション」をご試聴いただけましたら幸いです。(ベーレンプラッテ 藤田)